日本でただひとりのデザインドキュメンタリスト

日本でただひとりのデザインドキュメンタリスト
江島快仁氏はデザインドキュメンタリスト。フリーランスでこの肩書をなりわいにしているのは「おそらく私ひとり」と言い切ります。産経新聞から、武蔵野美術大学の美術館・図書館、国立近代美術館という氏のキャリアが生きるデザインドキュメンタリストとはどんな仕事なのか? 氏のデザイン観とは? そして、この仕事を通じて日本に実現させたいことがあるという熱い想いに迫ります。
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国立近代美術館などで培った膨大な書物の知識が武器

美術展、展覧会において、芸術作品とともに、作品と芸術家を理解する一助となるのが年表。例えばピカソの展覧会なら、彼の生い立ちからスタイルの変遷、主要作が一目で理解できる年表が必ず会場に用意されているはずだ。

ある美術館が「日本のデザイン」をテーマにした展覧会を企画したとしよう。グラフィックデザイン、インダストリアルデザイン、あるいはWebデザイン……。各分野のデザイン史を年表にまとめるにあたって、まずはデザイン史が載っている書物や資料を探したい。

そこで、日本でただひとりのデザインドキュメンタリスト・江島氏の出番である。クライアントの依頼により、あるキーワード(例えばデザイン史)をもとに図書や論文をはじめさまざまな情報を集める仕事である。

本来なら美術館の学芸員が、図書館の司書と連携しながら行なう作業。欧米ならここで深い造形を持つデザインドキュメンタリストの出番となるのだが、日本では企業や所属団体などの壁にはばまれ、自由な情報収集すらできないのが現状である。

だが、江島氏なら可能だ。学芸員と司書の資格を持ち、武蔵野美術大学の美術館・図書館、国立近代美術館に勤務した氏だからこそできる仕事。しかも、海外でも珍しいフリーランスという立場で、クライアントの求めるものを情報と知識の海から提示してくれるのだ。

グラフィックデザインや、デザインドキュメンタリストの仕事を行なう江島快仁氏へのインタビューをお届けします。

膨大な情報を視覚化するデザインスキル

江島氏が影響を受けた書物たち。
自らの中で体系化してきた知識を、どんな仕事の中にもフィードバックさせていくのが信念だ。

――江島さんはデザインドキュメンタリストのお仕事を開始される前からデザイナーとして活躍。インフォグラフィックやグラフィックデザインをずっと手がけてこられたそうですね。まず、インフォグラフィックとはどんなお仕事なのでしょうか?

はい、インフォグラフィックとは目に見えない情報のつながりや関係性を視覚化していく仕事です。これは武蔵野美術大学を卒業後、デザイナーとして勤務した産経新聞社時代の作品です。

産経新聞社には3年間在籍し、組織図や地図、チャート、タイトルカットなど様々なデザインを手がけてきました。新聞はスピードを要求される世界。出社するといきなり、複雑な図解の作成を夕方までに作れと命じられるんです(笑)。紙面に余白を作るわけにはいきませんから必死です。新聞社で徹底した締切意識を植え付けてもらったのが、自分の中で大きな財産になっています。

――ご自身の自信作と呼べるインフォグラフィックはありますか?

この作品は小池新二と勝見勝という2人のデザイン評論家の業績をインフォグラフィックの手法で年表にしたものです。

2人は東京帝国大学文学部卒という共通点のほか、接点はほとんどありませんでした。しかし、こうして視覚化してみると、芸術としてのデザインと産業としてのデザインを総合化する動きに2人が密接にかかわっていたことが分かります。

――2人の経歴を調べただけでは分からないような大きなつながりが、インフォグラフィックの手法を使うとよく見えてきますね。インフォグラフィックの仕事に必要なのはどんなスキルなのでしょうか?

まず精査した情報を具体的なイメージに変えていく論理性が必要です。次に客観性。誰の目から見ても納得できるように、少し作品から離れて見直す作業を繰り返します。

デザインに起こす時は、ひとつひとつに意図を込めることを意識しています。色ひとつとってみても、その色を使う必然性や意味がなくてはいけませんから。デザインとは交通整理のようなもの。見た目の斬新さや新鮮さにとらわれず、問題解決策を提示するデザインを心がけています。華やかな仕事だけでなく、パンフレットやチラシといった小さな仕事でも、その信念は変わりません。

知の殿堂で構想を練り、いざフリーランスへ

美術館や図書館で触れてきた数多くの名作を糧に、実社会で求められるデザインを形作っていく。いつか日本にデザイン専門の美術館を作る、という夢は変わらない。

――その後、デザイナーから学芸員、司書へと職を変えたのはどんな理由からなのでしょう?

武蔵野美術大学でデザインを学んでいた時、日本にはデザインを専門に扱う美術館がないことを知りショックを受けました。イギリスならビクトリアン・アルバート・ミュージアム、アメリカならニューヨーク近代美術館(MoMA)など、海外にはデザイン専門の美術館が数多くあります。それを日本でも実現するために、学芸員と司書の経験を積もうと考えたんです。

並行して、個人としてグラフィックデザインの仕事も請け負っていました。美術館や博物館の仕事では、貴重な知の遺産に触れることができます。例えば、イギリスの作家であり装飾デザイナーであるウィリアム・モリスの手がけた私家版の美麗な書物を扱ったり。そこで受けた刺激を自分のデザインとして社会にフィードバックすることを意識していたんです。

――そして30代を迎えてデザインドキュメンタリスト、デザイナーとして独立なさったんですね。

はい、年齢的にもそろそろ自分の力を社会で試してみたいと考えていました。顧客の要望に対し、企業や組織の中ではなかなかできない柔軟な対応をしたかったので、フリーランスという形を選びました。

キャリアがあるからこそ、組織の中から動き出してほしい


――フリーランスのデザインドキュメンタリストとして江島さんが武器にしていることは何でしょう?

要求されたテーマに対し、即座に該当する書籍や資料を提示できる知識量。そして、どの本を探せば載っているかが分かる直感ですね。Webの検索では見つけることのできない知識は、美術館や図書館で様々な分野のスペシャリストたちと一緒に仕事してきたたまものです。

「フリーランスのデザインドキュメンタリスト」という唯一無二の肩書自体も武器になっていると思います。やはり、セルフプロモーションは大切ですから。

――新聞社、美術館、図書館で積み重ねてきた実績と経験があるからこそ、肩書に説得力が増すんですね。

既にキャリアを持っている方々には、ぜひフリーランスとしての生き方を提案したいと思います。職業に対する答えはひとつじゃありません。会社を飛び出した先に場所があるのなら、ぜひ動き出して欲しいですね。

(おわり)

【江島快仁】
1980年東京生まれ。武蔵野美術大学大学院修了。産経新聞社 編集局整理部デザイン担当、武蔵野美術大学美術館・図書館、東京国立近代美術館 情報資料室を経て、2014年より独立。芸術工学会会員。学芸員資格、司書資格保有。デザインドキュメンテーションの仕事として、『新井淳一 布・万華鏡』(森山明子著、美学出版、2012年)、『博物図譜とデジタルアーカイブⅤ展』(武蔵野美術大学美術館・図書館、2010年)などがある。
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