企業経営において重要な要素となる人件費について、「人件費の流動費化」という視点で考えていく連載記事です。また人件費だけではなく、経営資源としての人員=人的リソースについても流動化という観点から触れていきます。経営者、人事・総務・管理系担当者の皆様が知りたい、人件費の流動化について解説します。

クラウドソーシングで実現する? 企業経営に効く人材活用
「人」と「人に関する費用」を流動化させることは、経済の先行きが不透明な現代で勝ち抜くために、無視のできない経営手法のひとつ。流動化の手段のひとつとして、昨今盛り上がりを見せるクラウドソーシングを取り上げます。なぜ、「人」と「人に関する費用」を流動化させる必要があるのか。どのような手段で流動化させるのかを考えてみます。
「クラウドソーシングって何?」「なぜクラウドソーシングを活用すると経営資源の流動化が実現するの?」「どうやってクラウドソーシングを活用したらいいの?」という疑問にも回答しながら、経営者の皆さんはもちろん、管理部門や人事部門、発注主と成り得る皆さんに有益な情報提供を目指していきます。
2015年の日本経済は踊り場状態
「人」と「人に関する費用」を考える前に、現在の経済情勢について触れてみます。2014年3月期の企業収益を振り返ると、アベノミクスによる円安の進行・輸出の拡大などの影響により、最高益を更新する企業が続出しました。
では、2015年の日本経済はどうだったのでしょうか。『日本経済は踊り場状態』である、と専門家やシンクタンクが発表しています。実際のところ、輸出・生産や企業マインドは横ばいで推移しました。暖冬の影響もあって、個人消費も芳しくありません。経済の活動水準は、物価変動に対して中立的とみられる生産量=潜在生産量を下回る動きがつづいています。
2015年初頭を振り返ると、大幅な原油安と円安の恩恵を受けて、高成長になると予測・期待されていました。実際のところはどうかというと、春先から夏場にかけて景気低迷の期間があるなど、期待とは大きくかけはなれた経済状態だったといえるでしょう。
景気の停滞感・減速感が見られるなかで、企業経営において売上増と同等以上の課題に挙げられるのが、人件費などのコスト。少子化・グローバル化による「採用」「育成」などのコストも課題となる中で、従業員にかかる費用のトータルである、総額人件費という概念が重要になることは間違いありません。
景気変動・売上見込が不透明な将来、総額人件費をコントロールする施策が注目されているのです。
バブル崩壊から始まった、固定費を抑えて変動費を高めることでリスク分散する経営へのシフト。
『固定費』の主なものといえば、「減価償却費」「人件費」「支払利息」「賃借料」等が挙げられます。中でも大きなウェイトを占めるのが「人件費」でしょう。『固定費』を『変動費』化する、すなわち「人件費」を『変動費』化することは、先行きが不透明な現代において、極めて大きなテーマ。このテーマに迫るためにも、時間を遡って、バブル崩壊後の『失われた10年』と呼ばれた時期についておさらいしてみます。
当時はどの業界でも売上を伸ばすことができず、人員削減することに躍起になった時代。血を流すようなリストラを慣行し、長く続いた低迷期をギリギリのところで乗り切っていました。人員削減だけではまかない切れず、人件費の切り詰めも行なわれたという背景があります。
「人件費」は『固定費』的側面と『変動費』的側面を併せ持つもの。毎月支払う給与のうち、基本給にあたる部分が『固定費』であり、賞与や残業代など、売上や利益によって増減するのが『変動費』です。『失われた10年』と言われた時期では、多くの企業において景気変動に対応するため、「人件費」を可能な限り『変動費』化しようと試みました。バブル崩壊から数年の時を経て業績が回復した後でも、基本給のベースアップを避けて、ボーナスの増加で対応する企業が増えたのも、『固定費』を抱えるリスクを実感したからに他なりません。
『固定費』削減の波はこれに留まらず、正規社員で雇うことから、パートタイムや派遣労働者への転換を図るなどして、『固定費』となる「人件費」を減らす企業が増えました。更には、外部リソースの活用へシフトし、アウトソーシングを利用する企業が増えたことも挙げられます。働き方の多様化という流れを受けて、「必要なとき、必要な人材、必要な量」という雇用の形が盛んになり、「人件費」の『変動費』化が促進されたのです。
「人件費」の削減という観点では、賃金制度の見直しが進んだのもこの頃。当時の主流であった年功給的な制度から、能力・業績を基に算出される賃金制度の導入が取り入れられました。いわゆる成果主義が導入され始めたのです。雇用体系と賃金体系の両面から「人件費」を『固定費』から『変動費』へとシフトされるようになりました。
人材不足から派生する採用・教育コスト=「人件費」の増大時代へ突入
バブル崩壊からの日本経済立て直し要因となった「カンフル景気」、2000年代に拡大した「IT景気」、ゼロ金利政策などの影響で日本最長の好景気となった「いざなみ景気」など、時代ごとに経済を押し上げる好景気がありました。同時に、ライブドアショックなどのITバブル崩壊やリーマンショックによる世界的金融危機など、景気変動が激しかったのは記憶に新しいことでしょう。
それが一転、ここ数年はバブル期並みの人材不足。少子化のスピードと人材難に対応するため、企業は人材獲得競争にさらされています。優秀な人材を採用するために、新卒初任給を引き上げる企業も続出。主にソーシャルゲームを開発・運営する企業においては、信じられないような高額を提示する例も話題になりました。新卒初任給を引き上げることで、既存社員を含めた給与水準が上がったケースも多々あります。
また攻めの人材獲得と反対に、守りの人材流出防止策にも企業は翻弄されます。給与の上昇のみならず、福利厚生を充実させることで、既存社員の定着を図ったのです。実際に福利厚生に関する費用は、法定福利厚生費と法定外福利厚生費の合算で、年々上昇しています。
同時に、採用した人材への投資である、教育コストの増加も企業経営に与える影響は小さくありません。多額のコストをかけて採用した社員、既存社員の一層の利益化に向けて、企業は教育という名の投資に力を入れているのです。教育費用に関しては、売上が減少傾向にある企業においても、減少幅に合わせた削減を行なわず、人材育成の一環として一定以上のコストを捻出する傾向にあるとの調査結果もあります。
「人件費」=「給与」ではなく、「総額人件費」という概念で考える。
人に関わるコストと聞いて、多くの人が想像するのは「人件費」という言葉でしょう。実はこの「人件費」という単語は、「決算書」に登場する用語ではありません。経営観点で人に関わるコストを考える場合、様々なコストを集計する必要があります。
「月例給与」は「所定内賃金」と「所定外賃金」を合わせたもの。「現金給与」は「月例給与」に「賞与・一時金」を加えたものを指します。「人件費」には、さらに「退職金・年金費用」「法定福利費」「法定外福利費」が加算されたものということになるのがポイントです。一口に「人件費」と言っていたものも、実は複数のコストが合算されたものであることを、改めて認識しておく必要があります。
さらに前述したように、「教育・訓練費」や「採用費」なども人に関わるコストとして考えられるのです。これらすべてを合算した費用を「労働費用」と呼び、「人件費」を考える際には、「総額人件費」という概念を持ち合わせることが重要になります。
項目 | 比率 | 内容 |
---|---|---|
所定内賃金 | 60% | 所定労働時間に対応した賃金 |
所定外賃金 | 5% | 残業代など |
賞与・一時金 | 20% | 毎月の給与とは別に支給される賃金 |
退職金・年金費用 | 4% | 退職金、年金積み立てなどの費用 |
法定福利費 | 8% | 社会保険料(健康保険、厚生年金、雇用保険、労災保険) ・介護保険料・児童手当拠出金・労働基準法上の 休業補償のうち企業負担分(従業員負担分除く) |
法定外福利費 | 2% | 上記以外で企業が任意に行なうもの |
教育費 | – | 教育に関わる費用 |
採用費 | – | 採用に関わる費用 |
その他 | – | 転勤・異動に関する費用、作業服、社内報・イベント費用など |
総額人権費の内訳をみると、「所定内賃金」が約6割を占めていることがわかります。この最もウエイトの高い部分が上がると、それに伴って「時間外手当」や「賞与・一時金」「退職金・年金」などの費用が上昇するわけです。ポイントとなるのは、「所定内賃金」の増額分以上に「総額人件費」が上昇するということ。企業にとっていわゆる月給の上昇は、固定で見込める費用以上の負担になる可能性が高いのです。
<つづく>
