元 外国公館主席通訳 | 80歳のフリーランスが語る、思わず苦戦した翻訳業務

元 外国公館主席通訳 | 80歳のフリーランスが語る、思わず苦戦した翻訳業務
80歳の大ベテラン! 外国公館の主席通訳 / 翻訳官として長年勤務してきた島村さんは、現在フリーランスとして活動しています。過去には田中角栄が日中国交を回復させた際の声明の英訳、レーガン元大統領の声明を翻訳してきました。そんなキャリアをもつ島村さんが、クラウドソーシングで出会った一つのインタビュー翻訳。 豊富な経験を経てきた島村さんが、思わず苦戦してしまう案件でした……。【フリーランスが語る、思い出の仕事シリーズ】
LANCER SCORE
83

英語力でランサーズを生きるには

まず、心構えについてひとつ。ランサーズは剣道なら道場のようなもの、まずは主のあなたは「相当な使い手」でなければいけない。報酬はあなたの腕次第、いい仕事をして欲しければ、心あるクライアントは高いレートでもいといません。

そして、スピード感。てきぱきと仕事を済ませる。これには、クライアントとの緻密な連絡が肝心。最後に、仕事の品質が決め手です。校正、推敲が行き届いている。

何ということもない、ランサーズに限ったことじゃないと言われるだろうが、それが違う。実地とは違い互いに実体が掴みにくいサイト上の「契約」です。

この3点と後述するプロフィールとが、あなたという仕事人を知る唯一の手掛かりなのだ、ということを忘れないでください。では、本題に入りましょう。

まず両刀遣いであること

剣をもつ男性

剣術の話をしましたが、剣聖といわれた宮本武蔵は左右に二刀を使ったといわれます。世に言う二刀流。どう使ったまでは存じませんが、これが英語なら両刀遣いとは、英語と日本語を同じように使いこなすこと。

「同じように使いこなす」とはどんな意味なのか、それがどう役立つのかというお話しを聞いてください。

まず、「日本語もおぼつかないのに英語まで」という人へひと言:母国語が操れない人に他国語を操れる筈もないのです。なにはともあれ、両刀遣いにはまずメリハリの効いた母国語、日本語を操れること、これが前提です。

その上で、両方の手で英語と日本語を意識して操る態度、気持ちが大事だといっているわけです。両刀遣いに慣れると、2つの言葉に独特のリズムがある、音楽があることに気づきます。

両刀遣いとは2つのリズムの違いを聞き分け、読み分け、書き分けること。日本語のリズムで英語を聞かない、読まない、書かないということ。どうですか、何となく納得でしょう?

自分で1つの日本語文を書いてみる。それを英語で書いてみる。その逆をやってみる。意味は同じでも構造は違う、持って行き方が違う。

実際の翻訳作業では、原稿の日本語を「自分が書いたらこうなる」というところまで読み込み、消化することが大切。これができていれば、あとは「自分の英語で書く」だけのこと。ぎこちない逐語訳はそうしてなくなる。

つまり、両方の言葉を同時に意識して「書く」。これはもはや翻訳ではないのです。翻訳家の世界ではない、2つの言葉を手玉に取る、まさに両刀遣いの境地。ぜひ、この境地に達してください。理屈が長すぎました。ここからは生々しい体験談です。

現場の息づかい

外国人と会議する日本人

ランサーズでのある日、1つの案件が気になった。30分ほどの英語のテープ起こし、それも短時間の制限で「急ぎ」だという。某有名経済誌がクライアントで、著名な国際経済学者のイアン・ブレマーとのインタービューを記事にしたい、との話。

私は性分からこの手のストレス掛かった仕事が好みで、現役時代の職歴を添えて応じてみたのです。かなりの高報酬でしたが、任せるとのこと。この瞬間から事件が始まっていたのです。

私は現役時代、某外国公館の主席通訳 / 翻訳官でした。言葉ではたいていの修羅場はくぐってきました。田中角栄首相が訪中、日中国交回復の現場中継から共同声明をラジオで聞き取って、瞬時に英訳して本国に届け、「ロイターより早かった」と喝采されたこともあります。

その海千山千の筈の私が、たった1本のテープ起こしにとんだ苦労をすることになったのです。原因はひとつ、音源がなんとも不安定だったのです。

まず、遠距離回線の電話によるインタビューだったこと、先方が回線不良を意識して送話器に近づき過ぎて音が被りっぱなしだったこと、それにインタービュー側の英語を呑み込めないブレナー氏の苛立ちめいた様子が言葉に表れて、何とも「不安定な」音源原稿でした。

ブレナー氏の言葉付きには文句はなかった。俳優上がりのレーガン大統領は別格として、南部訛りどっぷりのカーター大統領も聞き分けた私ですから、ブレナー氏は軽かった。

それでも、肝腎の音源が揺らいでは流石に私も冷や汗をかきました。反復再生を繰り返して紡ぎ出す言葉の流れは、仮に私が両刀遣いでなかったら、永久に聞き取れなかったことでしょう。

英語の語調に乗り移ってみて、どうやら聞き取れる言葉の流れ。聞き取り終えて聞き直してみれば、なぜあれほど苦労したんだろう、という箇所が何カ所かある。現場の息づかいとはそんなものです。

苦労したほどには、ついに起こし切れなかった箇所も1、2カ所ありましたが、それも文脈から再生し、さしもの難題を見事に仕上げて納品しました。数あるランサーズの仕事で、苦労と達成感ともどもに記憶に残る仕事でした。

蟹は甲羅に似せて穴を掘る

ランサーズで仕事をするためのキーワードとして、「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」という警句をお勧めします。実力勝負の世界、まずは自力でこなせる仕事をこなすことから始めるに限ります。

英語で生きるなら、日本語の素地をしっかり固めて、実力を僅かに越える程度の仕事に狙いをつけて取り組む気迫が肝腎。期限厳守も自力の内です。それには作業にリズムを作り出すこと。

一定のテンポ、一定のテンションを維持すること。加えて、なんどでも繰り返しますが、両刀遣いの意識を常に持って、日本語を操るときは日本語らしく、英語を操るときは英語らしく「気持ちを乗り移らせて」考える習慣を身につけることです。

しっかり名乗りを

私は年が明けて81歳になります。現役からは遠く離れていますが、こと英語となると、いや日本語も含めて言葉となると、まだまだ現役です。

私は自分の経歴をまとめたプロフィールを添えて提案するようにしています。サイト上の筆名を知らせて、執筆している記事をリアルタイムで読んでもらっています。

ランサーズで仕事をするなら、まずしっかり名乗りをすることです。どんな仕事ができるのか、なにが得意なのか。蟹の甲羅を忘れずにクライアントに自分を明確に知らせることから、あなたのランサーズ生活が始まります。

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