発達障害の僕が、月収45万円を稼ぐフリーランスになれた理由

発達障害の僕が、月収45万円を稼ぐフリーランスになれた理由
フリーランスとして、月収45万円を稼ぐことで自立したという谷中氏。実は、発達障害とアスペルガー症候群であるという。様々な仕事にチャレンジするも、障害が理由で働き続けることができなかった。自暴自棄の中で掴んだ、フリーランスというチャンス。ゼロからのスタートで月収45万円まで辿り着いた軌跡を語ってもらいました。
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発達障害の僕にできることは、文章を書くことだけだった

僕は発達障がい者だ。ADHDとアスペルガー症候群を持っており、特に記憶に関する障害はひどいものがある。なにしろ、親の顔さえまともに思い出すことが出来ない。感覚過敏もひどい。視覚過敏で人より物がまぶしく感じるし、聴覚過敏でもあるから自動車の音が苦手で、トラックが大きな音をたてて通ると気が乱れる。

この障害によって生じる生きにくさは尋常ではない。フリーランスになる以前は様々な職業を転々としてきたが、仕事を覚えられないものだから惨憺たる目に遭ってきた。試用期間でクビになるなんてことはしばしばだった。ご飯が全く食べられないほど困窮した時もあった。

しかし、いくら生きにくいからといって、何らかのサポートを受ける気はさらさらなかった。年金をもらうとか、障がい者就労支援施設に世話になるとか、やりようはほかにあったかもしれない。しかし、これまで虐げられてきた健常者の社会に飼われることは、僕にとってはあり得ないことだった。自立した今でも、健常者の言う「発達障がい者支援」などという言葉には反吐が出る。

ならば、何とかして自力で生きていくしかない。発達障がい者の中には、特定の能力に秀でている例が少なくない。僕の場合は、それが文章を書くことだった。もちろん、他の仕事は完全な能力不足でなにもできない。文章を書くことでお金を稼ぎ、誰からも助けられずに生きられる生き方、それがフリーランスという生き方だった。

クラウドソーシングと出会い、背水の陣で取り組むことに決める

ランサーズとの出会いは、別になんらドラマチックな物ではない。インターネットで偶然見つけたというだけのことだ。文章を書くことが仕事になる可能性があると知り、賭けてみることにした。

当時の僕は自暴自棄になっており、人生に未練はなかった。文章を書くことで生きていけなければもう終わりにしようと思い、当時やっていたアルバイトが案の定試用期間でクビになったのを機に、ランサーズ一本でやっていくと決意した。お金はなかったが、アルバイトをしながらランサーズに取り組むというのではなく、背水の陣で臨んだ。

フリーランスになって10ヶ月、月収45万円を達成した

最初は、稼ぐコツなど何もわからない。とりあえず、すぐ取り組めるタスクを行なった。最初は1記事100円以下といったものも多く受けた。それでも、アルバイトの時給分くらいは稼ぐことが出来る。嫌味を言われながら、健常者たちと仕事をするよりははるかにマシだった。

1ヶ月くらいたったころから、プロジェクトを通して仕事をすることで、タスクよりもはるかに高い報酬が得られることが分かった。それからは、プロジェクトばかりをこなしている。開始1ヶ月目の収入は約70,000円だったが、仕事をこなして実績を積み重ねるうちに、仕事は取りやすくなったし、案件ごとの単価も上がっていった。

6ヶ月目で当初の目標としていた月収20万円を稼ぎ、10ヶ月目で月収45万円を突破。発達障がい者であることのコンプレックスは、完全に払拭された。

苦労したことと言えば、実績を積み重ねることだ。顔の見えないクラウドソーシングでは、実績こそが信頼につながる。とにかく実績を積み重ねるために、睡眠時間を3時間に削って毎日15時間働き、これを年中無休で2年間継続した。土日祝日、盆・正月も休むことがなかった。文章を取ったら僕には何も残らないのだから、プライドを持って、心を込めて、最大限の努力を払った。

ランサーズに出会わなければ、僕に未来はなかった

デスク

ランサーズには、本当に感謝している。ランサーズというものがなかったら、今も健常者に媚びへつらいながら生きるほかなく、生きることに幸福を感じてはいなかっただろう。生きているかどうかも疑わしい。実際に、僕は自分の生き方を確立できなかったころに、2度首を吊っているのだ。

ランサーズを通して、僕は発達障がい者の可能性を見出した。自分の力で収入を得て自立することが出来た。これから一生、日本中どこにいても生き抜ける自信がついた。生きていくことは素晴らしいと、本当に思えるようになった。苦労していた時代の荒んだ気持ちは消え去り、優しい気持ちで生きられるようになった。

このほか、Lancer of the year 2015を受賞できたことも、素直に嬉しく思っている。これまで、誰からも認められない気がしてならなかったが、初めて認められた気がした。それが自分の得意なことで認められたのだから、なおさら嬉しい。

また、毎日が楽しくなった。無理をせず仕事に取り組むようになったから、時間的な余裕もある。趣味である映画と音楽と絵画とお酒を存分に楽しみながら生きている。誰からも一切邪魔されることなく人生を謳歌できることこそ、フリーランスという生き方の素晴らしい点だと思っている。

今後も文章に邁進しながら、人の役にも立っていきたい

今後も継続して、ランサーズを利用していくつもりだ。苦しかった時代を忘れることなく、心を込めて仕事をこなしていきたい。多くの人に喜ばれる仕事をしたい。文章の道を究めていきたい。それが結果的には、自分の幸福につながる。

発達障害に苦しむ人たちの手助けもしていきたい。この障害を抱えていることによって、(それがほぼ不可能であるにもかかわらず)健常者の社会に適応しようともがいている人が大勢いる。この問題の根は深い。東京大学に入学したにもかかわらず、支援機関の斡旋によって時給140円で鯛焼きを焼いている人がいるくらいだ。健常者の行う発達障がい者支援には、そのような誤魔化しがゴマンとある。生きにくさに思い悩み、心を病んでしまう人も少なくない。

そのような人たちに、自分が自立した経験を通して、なにかを伝えることが出来ればいいと思う。発達障害の当事者の立場からの発達障がい者支援にも、積極的に取り組んでいきたい。

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