N.Y.でハイブランドの広告を手がけたアートディレクター

N.Y.でハイブランドの広告を手がけたアートディレクター
N.Y.の広告制作会社でエルメスのインタラクティブ広告を手がけ、優れたインターネット広告に贈られるIACアワードを受賞。国内でも数々の賞に輝くアートディレクター・森山真至氏。映像、Web、グラフィックとジャンルを問わず活躍できる理由、独立後わずか1年で法人化を成し遂げた秘密をうかがいました。
LANCER SCORE
24

「無個性」を武器に米国の競争社会をサバイブした才人

森山氏は日本の広告代理店を経て、N.Y.(ニューヨーク)のクリエイティブブティック(広告制作会社)に勤務。2015年、この広告制作会社で手がけたエルメスのインタラクティブ広告「Catch the Shoes」は、優れたオンライン広告に与えられるIACアワード「Best Fashion Or Beauty Integrated Ad Campaign」部門に輝きました。

画面の中をくるくる飛び回ったり、ちょこまかと動く靴をクリックすると、その靴をフィーチャーしたムービーが再生される仕掛けです。画面下にあらわれる小さなショッピングバッグのアイコンをクリックすれば、すぐ購入することも可能。Web広告だけでなく映像にも強い氏の持ち味が生かされた作品です。

「米国の広告制作会社は、センスのある仕事を見せられなければすぐ解雇されてしまう厳しい職場でした」と森山氏は振り返ります。競争社会で生き残り、作品が認められた理由は、日本の広告代理店で磨いてきたアイデア力、そしてオールマイティなスキル。

特定の分野にスキルを特化しなかったことを、氏は「あえて無個性であることに徹した」と形容します。駆け出しデザイナーとして鍛えられた日本での日々、ユーティリティな能力を磨いたN.Y.時代を経たからこそ、独立からわずか1年で法人化に成功した現在の森山氏があるのです。

アートディレクターとして活躍する森山真至氏のインタビューをお届けします。

広告代理店営業マンのかたわら美大でデザイン修行

――早大で映像を学んでいた森山さんが、広告業界を目指したきっかけを教えてください。

クリエイティブディレクター・高松聡氏によるカップヌードルのCM「NO BORDER」に衝撃を受けたんです。9.11直後の世相を反映した反戦のメッセージを、Mr.Childrenの曲をバックにわずか15秒で描き出したことに心を揺さぶられました。

私も広告という媒体で社会性のあるメッセージを表現したいと考え、卒業後は広告代理店に入社しました。

――デザイナーとして採用されたんですか?

いいえ、営業です。クリエイティブ部門志望でも、まず最初は営業からスタートして広告代理業を学んでいくんです。1年後、自分がクリエイターとして本当は何をしたいのかを確かめたくて、会社勤めの傍ら多摩美術大学の夜間に通い始めました。二足のわらじは大変でしたが、ようやくデザイナーとして生きていこうという針路が見えたんです。

入社から3年後、社内のクリエイター試験に合格して、ついにデザイナーとして働き始めることができました。遅いスタートでしたから、すべてが修行の日々です。特にアイデアの大切さを教えてもらいました。ビジュアル的にベストであることより、核となるアイデアの方が大事なんです。

ミリ単位の細やかさが認められたN.Y.時代


――N.Y.で働こうと思ったきっかけを教えてください。

日本の広告代理店で、自分の将来が見えてしまったことに幻滅したんです。「きっとあのポストまで昇進できる」「40代になったら年収はこれくらいだろう」みたいに、予測できてしまいましたから。

そこで、自分のキャリアをリセットする意味で休職し、N.Y.へ渡ることにしました。当初は英語力を鍛え、インターン経験を積めればと考えていたのですが、思いがけず広告制作会社に社員採用されたので、日本の代理店を退職しました。

――米国の広告制作会社はどんな雰囲気でしたか?

鋭いセンスを見せられなかったり、少しのアラがあっただけでも、すぐに解雇されてしまう厳しい世界でした。その代わり、成果を出せば翌日からサラリーが倍になるようなチャンスにも恵まれていました。

みんな必死に働いていましたが、19時きっかりに退勤します。仕事を人生の真ん中に置かない姿勢は印象的でした。

――そうした環境の中、森山さんはどんな部分でアピールしていったのでしょうか?

細やかな絵作りができた点でしょうか。日本の広告代理店では、ミリ単位で字詰(文字の間隔)を調節するよう厳しく教え込まれてきましたから。文字の配置ひとつをとっても、隅々まで気配りの行き届いた仕事ができるということで重宝してもらいました。

一方で空き時間を見つけては同僚から、これまであまり手がけてこなかったインタラクティブ(パズルやミニゲームなどユーザーがアクションする要素を組み込んだWeb広告のこと)やムービーについての技術を教わるようにしました。

映像を手がける部署に「10秒分だけでいいから作らせてくれないか」とお願いして手伝わせてもらったり。そのうち、あちこちの部門から仕事を任されるようになりましたし、エルメスのインタラクティブ広告のようなジャンルを横断する作品も手がけられました。

皆、それぞれの分野におけるスペシャリストですから、僕はその中であえて没個性に徹することでユーティリティな能力を磨いていったんです。

ユーティリティなスキルを生かした提案力


――2015年5月に帰国。そこからフリーランスとして独立なさった理由を教えてください。

帰国後、外資系の会社からオファーをいただいたりはしたのですが、自分にとってチャレンジだと思えませんでした。フリーランスとして生きていく方がやりがいのある挑戦だと考えたんです。

――2016年には株式会社CLASSとして法人化もなさっています。1年間で急成長できた森山さんの強みとは何でしょうか?

柔軟性のある提案力ではないでしょうか。

例えば、チラシのデザインを依頼されたとしても、依頼主にとって本当に必要な宣伝活動が何かをまず考えるようにします。その結果、FB上でのアピールの方が大切だと判断すればそれを提案していきます。

クリエイティブやデザインの要素に寄り過ぎず、クライアントに真の解決策を提案できるのは、日米で経験を重ねてきた成果だと思っています。

【森山真至】
1983年東京都生まれ。デザインブティックCLASS主宰。
早稲田大学第一文学部演劇映像専修卒業。多摩美術大学造形表現学部デザイン学科中退。
国内の広告代理店を経て、2013年よりニューヨークのクリエイティブブティックSWELLに参加。IACアワード、読売広告大賞、西日本新聞広告大賞、ビジネス広告大賞、サンスターアイデア文具コンテストなど多数の受賞歴を持つ。
RECOMMEND
関連記事