人間を描き続ける『恋愛コラムニスト』

人間を描き続ける『恋愛コラムニスト』
ひとみしょう氏は作詞家、コピーライターの肩書も持つ異色のWebライター。書くという点では同じでも、まるで違うジャンルの中で氏が一貫して追求してきたものとは? 恋愛コラムの中で氏が本当に描きたいものとは? シリーズ、『たとえば、こんなフリーランス』。
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肩書は変わっても表現したいことは変わらない

作詞家からコピーライターを経て、Webライターへと転身。いまや、ひとみしょう氏は10本近くの連載を抱える売れっ子コラムニストである。

井上靖や村上春樹、三浦綾子らを濫読する文学少年だった学生時代。上京し、アルバイトのかたわら作詞の修業を重ねた日々。やがて広告代理店のプランナーとして頭角を現し、ついに独立。

東日本大震災をきっかけにWebライターとして再出発。恋愛系などさまざまなジャンルでアクセス数トップをマークするヒットメーカーに。

肩書や仕事の内容は変化していったが、氏が一貫して追求してきたのは、「文章を通じて人間を表現する」ことだ。

作詞家、コピーライター、Webライターと肩書きが変わる中で、変わらず人間を描き続けてきたひとみしょう氏のインタビューをお届けします。

作詞で学んだ「伝わるように書く」姿勢

音楽学校のテキスト

作詞を学んでいたマイカミュージックラボラトリーのテキストは今も手元に残している。これは大貫妙子や竹内まりやの歌詞の一部に空欄を設け、適切なフレーズを入れるという課題。「誰にでも分かりやすく伝えるという意識を学びました」とひとみ氏。

‐‐高校を卒業し、生まれ育った香川県から作詞家を目指して上京。ひとみさんが、まず作詞の道を志したきっかけを教えてください。

学生の頃から小説家など文章で食べていく仕事につきたいと考えていました。

当時はまだ原稿用紙やワープロの時代でしたから、今のようにネットで作品を気軽に発表できる環境などありませんでした。テレビの構成作家という職業も知りませんでしたし、脚本家を目指そうにも誰に師事すればよいか分からなかった。

そこで、なかば消去法のように作詞家の道を選択し、マイカミュージックラボラトリーという音楽学校で学び始めたんです。当時愛聴していたユーミンの夫である、松任谷正隆さんが代表を務めている学校です。

ユーミンの持つ「オシャレなTOKYO」という世界観が好きでした。東京に憧れる純真無垢な高校生の胸に響いたんですね(笑)。ただ、オシャレなだけでなく歌詞に人生の深みを感じさせてくれるところも好きでした。

‐‐作詞を学ばれた中で、特に印象深かった事柄は何ですか?

作詞の指導をしてくださったのは、シンガーソングライターの桐ケ谷仁さんです。「m-flo」LISAのボイストレーナーとしても知られている方ですね。

桐ケ谷さんは繰り返し「わかるように書け」と指導してくれました。
歌詞は、誰が読んでもすぐに伝わるものでなくてはいけないという姿勢です。一読して通じないような意味は込めない。

なまじ詩や文学に傾倒していたりすると、つい隠喩とか、分かる人にだけ分かる符牒のような言葉を入れたくなるんですけど(笑)読み手に意図をしっかり伝える技術を学べたことは、こうしてWebライターの仕事をしていく上でも大いに役立っています。

愛犬の死で、書き手の本分に立ち返る

愛犬ミック

仕事場のサイドボードには愛犬ミックの写真が飾られている。「ミックが書くというお仕事を与えてくれたと信じています」とひとみ氏。

‐‐広告代理店で仕事を始めたのはいつごろですか?

27才の時ですね。企画書を作るプランナー、コピーライターとして入社しました。

作詞にこだわらず、文章を書けるならどんな環境でもよかったんです。食品を中心に洋酒や化粧品などさまざまな企画を手がけました。偏った内容にせず、幕の内弁当のように興味をひきやすい事柄をたくさん揃えることを学びました。

30才で企画書を専門に手がけるコピーライターとして独立したのですが、東日本大震災で進路転換を余儀なくされました。

‐‐リーマンショックのダメージも引きずったまま、あの時は日本全体が深く傷つきました。

広告業界も例外ではなく、中途半端だった案件がすべて立ち消えになってしまい、ようやく受注しても、かつてよりゼロがひとつ足りない金額というありさまでした。仕事をえり好みする余裕はありませんでしたし、頼まれてバーのマスターをしたこともあります。

そんな中、震災の年の11月21日。愛犬ミックが亡くなったんです。朝5時、天候は曇り。今でもはっきり覚えています。愛犬の葬儀を終えたら、我に返ったようにバーのマスターを辞め、小説の筆を執り始めていました。

‐‐学生時代の夢に立ち返ったんですね。

生き惑っていた飼い主に、愛犬が命と引き換えに文章を書くという仕事を与えてくれたのだろうと思います。大真面目にそう信じています。

毎朝、仕事を始める前に必ず、神棚にあいさつするんです。まず「文章の神様、おはようございます」、続けて「ミックさん、おはようございます」と。愛犬への感謝は今も忘れていません。

テーマの切り取り方で自分を出す

取材中のひとみ氏

‐‐Webライターとしてのスタートはどんな様子でしたか?

ネットに文章を書くという仕事を知り、ランサーズなどで400文字150円とか、2000文字800円というような仕事を山のようにこなしました。

一応、個人事務所としてやっているので、会社に売り上げを作らないといけませんから。月に800記事書いて50万円売り上げた時もあります。5日間ほとんど寝ずに仕事してから、24時間倒れたように眠るような生活パターンでした。

‐‐多くのWebライターも、数をこなすことから単価を上げていくステップで悩むと思います。ひとみさんの転機はどこにあったのでしょう?

小学館の恋愛サイト『Menjoy!』に採用され、キャバ嬢を題材にした記事がアクセスを稼ぎ、いくつものニュースサイトに転載されました。

書いたものがすべてヒットしたんです(笑)。せっせと取材を重ねていくうち、初めて会うキャバ嬢から「ひとみしょうって名前、知ってる」と言われるほどになっていました。

‐‐アクセスを稼げる記事と、ご自身の本当に書きたいもののギャップに悩まれたことはありませんか?

自分の書きたいことは、数字がとれる枠の中に必ずあると思っています。

例えば池上彰さんはニュースを取り上げる際、個人的な見解を入れません。でも、池上さんが「どういうテーマを、どう切り取っているか」の中に、すでに個人的見解が含まれているんです。

小説でも、詞でも、Webライティングにおいても、僕が目指すのは人間を描くこと。

キャバ嬢の語る恋愛について書くということは、恋愛を通じて人を、人生を表現するということなんです。伝わりやすさを重視しながら、どんな題材であっても人間が描けているようにつとめてきたことが、自分の強みだと思っています。

‐‐作詞家、コピーライター、Webライターと幅広くご活躍なさってきたご経験から、ひとみさんが「表現すること」において最も大切だと思うことを教えてください。

自分の気持ちに正直であること。読者がいいと感じるものは、その書き手が持っている「感じ」が素直に出ているものに他ならないと思っています。

(おわり)

【ひとみしょう】

1975年香川県生まれ。松任谷正隆主宰・マイカミュージックラボラトリー(作詞)卒業。独学で広告プランニング・コピーライティングを学び、大手広告代理店と協業で複数のナショナルクライアントのプロジェクトに従事。2012年、専業文筆業になる。小学館 『Menjoy!』 での連載(13年7月まで/同編集部よりMVP賞4回受賞)を経て、『ANGIE』編集長に就任(2014年7月まで)。現在、『愛カツ!』『街コンジャパン』など多数の連載を抱える。
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